福岡県北九州市へ「農福連携」をたずねて
養蜂作業で笑顔と積極性あふれだす障害者支援施設「あすなろ学園」
取材日:2022/1/17

施設敷地内でニホンミツバチを飼育し、採取した蜂蜜に笑顔があふれる。福岡県北九州市小倉南区の「障害者支援施設あすなろ学園」を訪ねた。利用者さんと職員に養蜂の指導をされているNPO法人グリーンワーク会長の舛本哲也さんにお話を伺った。


約140ヘクタールの広さがある山田緑地の中の多目的ホールを見学。自然が学べる日本最大級のログハウスになっていて、ニホンミツバチや他の動植物の生態などが展示され分かりやすく紹介されている。山田緑地は、かつて弾薬庫として使用されていた為、約半世紀にわたり一般の人たちの利用が制限されていた。そのため、豊かな自然が残され、森には様々な生き物が生息し、都会の中でも四季を通じてたっぷりと自然を満喫できる。
ニホンミツバチの飼育講座もされていて、「毎年参加者の2割くらいはミツバチを飼い始めるんです。(舛本さん)」山田緑地の設計は舛本さんがされている。「長年設計の仕事をしてきましたが、NPOを立ち上げて、緑豊かなまちづくりを進めましょうというミッションで活動を始めました。幼稚園・保育園・小学校などの園庭芝生化事業も市と共同で続けています。子供たちが飛んだり跳ねたり安心してできるように、50か所で実施しました。運動会でお弁当に砂が入るという声も聞いていたんです。(舛本さん)」
「山田緑地でミツバチを飼い始めたきっかけは、小倉駅前でされていたセイヨウミツバチプロジェクトの世話人として入ってほしいと頼まれたことです。近くの公園の花壇の運営支援も長年やっていて、その花壇にはミツバチたちがやってくるので、昆虫や植物のことに詳しい方に入ってほしいと言われました。これは山田緑地でもできると思い、ニホンミツバチプロジェクトを始めました。自分が設計していたこともあって、山田緑地にはニホンミツバチが住んでいることを知っていたんです。(舛本さん)」


この日は、舛本さんと一般社団法人トウヨウミツバチ協会の高安さんも一緒にあすなろ学園を訪問し、施設長の吉田さんに案内をしていただいた。あすなろ学園での農福連携事業は、一般社団法人トウヨウミツバチ協会の全国事例調査・研究(障がい者養蜂での労働環境創出研究事業:JRA畜産振興事業助成)の一環にもなっている。舛本さんは、あすなろ学園や山田緑地ミツバチプロジェクト内で発達障害の子供たちや高齢者への農福連携事業の指導をこれまでされてきた。
「生きがいづくりは大切で、養蜂は高齢者にもとても役立っている気がします。障害者施設では、利用者さんの趣味や興味への関心が大事になってきます。その為には職員さんたちも一緒に育ってもらうことが大事ですね。(舛本さん)」
「利用者さんは、日常生活に養蜂が入ってくることによって、暮らしに変化が生まれ、新しい発見もあり、いきいきとされている様子がうかがえます。(高安さん)」
舛本さん、高安さんから利用者さんたちへ、今日のスケジュールを話されている。
舛本さん:「今日は、分蜂に向けてどこに巣箱を置こうか。みんなと考えてみましょう。それとキンリョウヘン。ミツバチがぶ~んと飛んできますね。そのキンリョウヘンを部屋の中に入れようと思っています。今日はどれにしようか皆さんと選びたいと思っています」とゆっくり話されている。
高安さん:「それが終わって戻ってきたら、皆さんのこれまでの活動写真を見ながら、感想を教えてくださいね」と挨拶される。
吉田施設長さん:「みなさん、よろしいですか」と尋ねると、元気よく「はい」と返事が返ってくる。なんとも穏やかな時間が流れている。この後、みんなで養蜂場に向かった。
自然豊かな敷地には、竹やぶがあり、柿や栗の木もある。「この広い土地をどう生かしていくか。この環境は、利用者さんも大いに自然を感じながら生活してもらえると思っています。私もこれまで現場では、農耕を利用者さんと一緒に取り組んできました。その効果って、すごく精神的にもいいと感じています。今回、蜜源としてのブルーベリーを植えました。作業行程を(穴を掘る・土を入れる・土を混ぜる・植える人)と分解することで、たくさんの人が関わることができます。植えたところは囲いをして利用者さんがわかるようにしています。(吉田さん)」


1月でしたが、花粉を付けたミツバチの出入りが見られた。「今日は寒いから中は開けないでおきましょう。(舛本さん)」と利用者さんに向けて説明されている。


「キンリョウヘンには何でミツバチが来るか知ってますか?」と舛本さんが尋ねる。なんでだろうと考えている。「花が咲くでしょ。そうすると匂いがするの。ミツバチが欲しがる匂いがするの」と説明すると、利用者さんも感心される。「これには花芽がついてるの分かりますか」と舛本さんが植木鉢を持ち上げて、利用者さんがキンリョウヘンを覗き込む。「あっ、わかった」と嬉しそう。「これも?」と利用者さんが尋ねると、「これは違うんじゃないですか」と舛本さん。また、みんなから暖かい笑い声が聞こえてくる。植物を見ているといつまでも楽しい会話が続いている。
「キンリョウヘンは春になって暖かくならないと花は咲かないですが、部屋の中の温かいところに入れてあげると早く咲きます。ミツバチたちの分蜂は3月の終わりごろから始まります。だから4月の中頃には咲くようにしたいので、お部屋の中の陽が当たるところに入れて、霧吹きで毎日シュッシュとしましょう。誰がしてくれますか」と舛本さんが尋ねると、利用者さんからすぐに手があがった。


養蜂場から戻ってきて、「寒かったね」と第一声。
でもこれから恒例のハチミツ大会(ハチミツの味くらべ)ができるとあって、皆さんニコニコ。
舛本さんは「てっちゃん」と呼ばれ、みんなから人気者。
利用者さんにてっちゃんのイメージを聞いてみた。一人がてっちゃんを「かっこいい」という。するとみんなからも「かっこいい」の声が上がる。「さあ、ミツバチの種類は大きく分けると何と何がありますか。」とてっちゃんが質問する。利用者さんから「ニホンミツバチ!」と自分たちが飼っている蜂の名前がすぐ挙がる。「もう一つは?」と問いかけに、ゆっくりとみんなで「セイヨウミツバチ」とてっちゃんの声に合わせながら、笑い声もそろう。「では、セイヨウミツバチから味見してみよう」と、てっちゃんはハチミツをスプーンに乗せていく。「これはアカシアの蜜ですよ」と説明されている。次に「これはみんなが飼っているニホンミツバチですよ」とハチミツの味を比べてみる。「甘い!」とひとりが言うと、笑い声が部屋中に溢れる。このあと、二年間の振り返り映像(高安さん作成)を見ながら、職員の藤本さんが利用者さんに感想を聞き始める。
藤本さん:「二年間やってみてどうでしたか。」
利用者さん:「はじめてやった。」
藤本さん:「みんな初めてでしたね。」
利用者さん:「うん。楽しかった。」
藤本さん:「楽しかったですね。」
利用者さん:「うれしい。」
藤本さん:「嬉しいですね。」
藤本さんの相槌の間隔は次第に長くなり、利用者さんは楽しかった思い出を積極的にどんどんと話されていく。「ずっと笑っておられる利用者さんが見られるのは、養蜂活動が一番だと思いますね。(藤本さん)」「職員も利用者さんの笑顔を見て、取り組みの発表もしたりしていることは、スタッフのやりがいにもなっているかなと思ったりします。(吉田さん)」
「農福連携」福祉に新たな価値が生まれる
「利用者さんにとって、生活の中にはいろいろな作業があり、養蜂はこれをどこまでやったらおわりだ、というのがわかりやすく、それが(養蜂が)好きに繋がっているのかなと思います。二年目はコロナ禍にもなって、入所の方は特に人と会う機会が減ってしまった中で、こうやって舛本さんや高安さんが来て下さるのは嬉しかったと思います。それが回数を重ねていくことで、また会えた、と楽しみにされるようになっていったと思っています。もちろん養蜂の効果もあると思いますが、(職員とは異なる)外との交流という刺激が利用者さんにとっては一番嬉しかったのではないかなと思います。(藤本さん)」
「農業はいろんな人が多様なお仕事に携わることになります。そこにミツバチも一緒に育てると農産物への理解や愛着が増すような気がします。あすなろ学園の利用者さんもミツバチが蜜を採ってくることをイメージして、みんなで花を植えて、果樹もいいねと、次々に発展していく。新たな価値がそこにはあると思います。(高安さん)」
「福祉事業所の付加価値としてみると、人材不足の福祉業界であっても、(農福連携の記事をSNSで見ました)と訪ねてくる方はいらっしゃいます。(吉田さん)」
「養蜂に限らず、園芸療法を長年やっていますと、いろんなところから(自分たちの所でもやってみたい)と声がかかります。そんなつながりをこれからも応援していきたいです。自然環境を活かしたコミュニティや福祉施設を作っていけたらいいなと思います。(舛本さん)」
インタビューにご協力いただいた方々みなさんに感謝申し上げます。全てが貴重なお話で、また機会をみて掲載したいと思います。
(2022.1.17)文責:西堀正
参考資料
山田緑地公式HP / https://yamada-park.jimdofree.com/
トウヨウミツバチ協会公式HP / http://hp-a-00002.x0.com/0/
社会福祉法人あすなろ学園公式HP / http://www.asunaro4261.com/
掲載写真撮影者
西堀正
インタビュアー
同志社大学大学院総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーションコース院生:西堀正
同志社大学大学院 総合政策科学研究科 教授:関根千佳